■ 研究の背景

 石油に代表される化石資源の枯渇化や二酸化炭素の放出など、現在人類は解決すべき多くの問題を抱えています。 しかし、もしも地球上に降り注ぐ無尽蔵な太陽光のエネルギーを効率良く化学エネルギーに変換することができれば、 このようなエネルギー・環境問題に対して一石を投じることができるはずです。
 私達のグループでは、太陽光エネルギーを効率良く化学エネルギーに変換する光触媒、すなわち人工光合成の研究をしています。水の水素と酸素への分解反応と二酸化炭素の固定化反応は、地球上に豊富に存在する物質から有用なエネルギー物質(水素、一酸化炭素など)を生み出すことのできる有用な反応です(図1)。これらの反応に対して、私達は次に示す3つのアプローチにより取り組んでいます。

図1. 半導体光触媒を用いた燃料製造

(1) 半導体粉末光触媒による水の分解

 水の水素と酸素への分解反応は、もっとも単純な人工光合成モデルです。水素は燃焼により大きなエネルギーを放出し、 それによって生じる水は環境に悪影響を及ぼす心配が全くありません。また、水分解で作り出した水素は 燃料電池を通じて電力へと変換でき、地球温暖化の原因となる二酸化炭素と反応させて 有用な化学品を合成できるなど、化学工業における重要な基幹原料としても利用可能です。したがって、広い面積にも展開可能な粉末光触媒と太陽光で水を分解できれば理想的です(図2)。
図2. 半導体光触媒を用いた水の完全分解反応

(2) 金属錯体/半導体ハイブリッド光触媒による二酸化炭素固定化反応

 二酸化炭素の還元固定化は多電子の関与する複雑な反応で、一電子で進行するプロトンの還元(水の分解)と競合します。したがって、二酸化炭素還元を効率良く進行させるには適切な反応場、すなわち触媒活性サイトの構築が不可欠となります。金属錯体はこのような活性サイトとして有用で、例えばレニウムやルテニウムからなる錯体は、二酸化炭素を一酸化炭素やギ酸へ効率良く還元する触媒として働きます。
 高効率な二酸化炭素に還元(光)触媒となる金属錯体ですが、光酸化力が弱いため、単独で水を酸化するには大きな困難を伴います。私達は、金属錯体の弱点となる光酸化力を半導体に担わせ、同時に半導体光触媒の弱点、すなわち還元力の強化を金属錯体に担わせるというコンセプトで、金属錯体/半導体ハイブリッド光触媒の開発に取り組んでいます(図3)。

図3. 金属錯体/半導体融合光触媒を用いた二酸化炭素の固定化反応

(3) 光電気化学セルを用いた水の分解と二酸化炭素固定化

 中学校の理科で学習する水の電気分解では、電気エネルギーを投入することで、安定な水分子を水素と酸素へと分解しています。先に紹介した半導体光触媒を水の電気分解の電極に使うと、光エネルギーだけで水が分解できるようになります。この現象は、Honda-Fujishima効果として知られています。私達は、独自に開発した半導体光触媒や錯体/半導体ハイブリッド光触媒を水の分解や二酸化炭素固定化のための電極材料としても適用しています。
 また光電気化学セルを用いると、酸化サイトと還元サイトを空間的に分離することになるため、酸化/還元反応を分けて評価できるようになります。このことをうまく利用すると、半導体光触媒の反応メカニズムの一端が解明できるようになります。私達は理学的な見地から、固体表面の反応性・触媒機能についても研究にも取り組んでいます(図4)。

図4. 半導体光電極を用いた水の分解と二酸化炭素固定化

 これらの人工光合成システムにおいて重要なのは、光吸収機能をもつ半導体と反応サイトとなるナノ粒子や金属錯体の開発です。以下には、これまで私達が独自に開発してきた人工光合成系を紹介します。

■ 複合アニオン系半導体光触媒の創出

 先に説明したように、半導体光触媒を用いた水の分解は人工光合成実現の観点から極めて重要な反応です。特に、太陽光の主成分である400nm以上の可視光を吸収して水を効率良く分解する光触媒反応系の構築が強く望まれています。
 私達は、ひとつの化合物内に複数のアニオン種が含まれる“複合アニオン系化合物”に着目し、新物質合成を通じた光触媒への応用展開を目指しています。金属酸化物に代表される単アニオン化合物は、金属カチオン−酸素多面体を基本ユニットとして構成されますが、その限定された配位構造により、材料としての物性・機能性は限定されます。その一方で、酸素の一部を電気陰性度の異なる他のアニオンで置換すると新たな配位構造が生まれ、これに起因した革新的機能の発現が期待できます。
 半導体光触媒においては、特にアニオン置換によるバンドギャップの縮小とそれに伴う可視光応答化が期待できます。例えば、同じウルツ鉱型の結晶構造をもつGaNとZnOを原子レベルで混合させ、固溶体とすると、黄色に着色して可視光を吸収できるようになります。このGaN:ZnO固溶体は、可視光で水を水素と酸素に完全分解した世界で最初の光触媒です。


図5. 物質化学のフロンティア、複合アニオン化合物

図6. GaNとZnOの固溶体

 最近では、酸フッ化物Pb2Ti2O5.4F1.2が可視光応答可能な狭いバンドギャップを特異的に有し、水の酸化還元、そしてCO2還元に対しても安定な可視光応答型光触媒となることも見出しました(図7)。これまで、酸素とフッ素をアニオン種として含む酸フッ化物は可視光応答型光触媒としてほとんど検討されてきませんでしたが、このような予想外の結果をもたらすのも複合アニオン化合物の魅力のひとつです。
 Pb2Ti2O5.4F1.2を透明導電性ガラス上に積層させて電極にすると、太陽光照射下で長時間安定に水を分解できることもわかりました。これは、酸フッ化物を光電極として用いて水を完全分解したはじめての例です。これまでに報告されきた窒素を含む複合アニオン化合物では、その価電子帯上端が窒素の2p軌道から構成されるため、光励起によって生成した正孔による自己酸化が不可避となる結果、水分解の光電極として安定に駆動させることは一般に困難です。一方でPb2Ti2O5.4F1.2の価電子帯は安定な酸素の2p軌道からなるため、正孔による自己酸化を回避できていると考えられます。


図7. Pb2Ti2O5.4F1.2の結晶構造と光吸収特性、光触媒・光電気化学水分解への応用

■ 水素生成反応に有効なナノ粒子助触媒の創生

 水を分解する粉末光触媒のほとんどは、酸化ニッケルや白金といった水素生成の反応活性点となる助触媒を担持してはじめて活性になります。右の図8に示すように、これは光触媒表面に担持された助触媒が電子と正孔の分離を促進し、表面反応の活性化エネルギーを低下させるためであると説明できます。 したがって、助触媒の開発は水分解光触媒の研究において重要な課題ですが、2005年頃まではほとんど注意が向けられていませんでした。
 このような状況を踏まえ、新たな助触媒の開発に取り組んだ結果、Cr(III)を含んだ遷移金属酸化物群やコア/シェル型構造の貴金属/酸化クロムナノ粒子といった新しいタイプの助触媒を開発することに成功しました。これらの新規助触媒により、可視光水分解反応の性能は大幅に引き上げられ、助触媒開発の重要性は水分解光触媒のみならず、様々な光触媒反応においても広く認識されるようになっています(図9)。
 現在では、これまでに報告例の無い新しい構造・機能を有する助触媒ナノ粒子の開発に取り組んでいます。また、「希少な金属元素を用いない」という元素戦略的な観点や「光を使って無機ナノ材料を創る」という観点からも研究を行っています。


図10. 各種助触媒を担持したC3N4上での水の可視光酸化


図8. 半導体光触媒上に担持された助触媒の役割

図9. ナノレベルで制御されたコア/シェル型助触媒


 例えば、CoAl2O4助触媒が有機高分子半導体カーボンナイトライド(C3N4)上での水の酸化反応促進に有効なことを最近発見しています(図10)。上記の水素生成用の助触媒とは異なり、CoAl2O4は強力な正孔補足機能を有し、水の酸化の助触媒として機能することが過渡吸収分光測定からわかりました。CoAl2O4は、従来使用されてきた貴金属系助触媒(IrO2など)と比較しても圧倒的な高性能を示すのも特徴です。
 

■ 層状遷移金属酸化物ナノシートの特徴を活かした水分解光触媒系の構築

 ある種の層状遷移金属酸化物を単層剥離して得られるナノシートは、厚さが約1 nm、側部長が数100 nmから数µm程度という特異な構造をもった単結晶で、それ自体が半導体特性を有するため光触媒として機能します。例えば私達は、元素置換に基づくHCa2Nb3O10の精密なバンド構造制御により伝導帯電子の反応性を高め、約80%という極めて高い量子収率で水素を製造する新しいナノシート光触媒の創出に成功しています(図11)。
 ナノシートはまた、バルク体の金属酸化物と比べて構造的に柔軟であるため、金属錯体や助触媒ナノ粒子と組み合わせた複合光触媒系の構築への応用が期待されています。層状化合物の層空間は触媒反応の活性サイト(反応場)としての利用が注目されていましたが、層空間への金属ナノ粒子の高分散担持(インターカレーション)は一般に困難とされてきました。私達はカチオン性白金錯体とアニオン性ナノシートの静電気的相互作用を利用し、KCa2Nb3O10層状ナノシートの層空間に白金ナノクラスターを高分散担持することに成功しました。電子顕微鏡観察の結果から、担持された白金のうち、8割以上が1 nm未満のクラスターサイズであることが明らかとなり、この複合材料は水の完全分解反応においても高い活性を示しました(図12)。本系はサイズ1 nm未満のナノクラスターの高い反応性を明らかとした最初の例であり、またナノシート系材料の中では世界最高の水分解性能を誇っています。


図11. 化学組成を精密制御した層状ナノシート光触媒による高効率水素生成

 
図12. 層状ナノシートの積層超空間を利用した金属ナノクラスター合成と高効率水分解光触媒の創成

■ 色素増感型ナノシートを用いた水の可視光完全分解系の構築

 上記の通り、新たな水分解光触媒系構築に対して有用な酸化物ナノシートですが、そうした金属酸化物のバンドギャップは大きいため、紫外光しか吸収できないことが問題となります。この問題の解決法として、可視光の吸収が可能な色素分子(金属錯体等)を金属酸化物上に吸着させ、可視光吸収により励起状態となった色素からの電子移動を利用して、水から水素を製造するシステムが提案されてきました(図13)。このシステムは色素増感太陽電池と同じ原理で駆動することから、色素増感型光触媒と呼ばれ、半世紀に渡って世界中で研究されてきたものの、効率の向上が課題となっていました。
 私達は、先に示したPtナノクラスター担持KCa2Nb3O10ナノシートに色素分子としてルテニウム錯体を吸着させたものを水素生成光触媒に用いたところ、酸化タングステン系の酸素生成光触媒とヨウ素系電子伝達剤(I3/I)の存在下において、可視光により、水を水素と酸素に完全分解できることを発見しました(図14)。さらに、アモルファス状の酸化アルミニウムをあらかじめ付着させた、酸化アルミニウム修飾Pt/HCa2Nb3O10ナノシートを使用することで、水分解反応が大幅に促進されることを突き止めました。この反応機構をレーザー分光で調べたところ、酸化アルミニウムの存在によって、ヨウ化物イオン(I)からルテニウム錯体の電子供給過程が高速化されていることが確認され、このことが高活性化に寄与していることが明らかとなりました。最終的な触媒性能を示すターンオーバー頻度は毎時1960に、みかけの量子収率は2.4%(420 nmでの値)に達しました。これらの値は、これまでに報告されてきた類似の光触媒系を大きく超え、世界最高値となっています。類似の層状HCa2Nb3O10を用いて同様の操作を行っても高活性には至らず、ナノシートの活用が高活性化において不可欠であることもわかりました。

図13. 酸化物と色素分子を組み合わせた可視光駆動型水分解光触媒

図14. 酸化アルミニウム修飾Pt/HCa2Nb3O10ナノシートとルテニウム色素を組み合わせた複合材料を水素生成光触媒とした水の可視光完全分解システム

■ 第一遷移金属酸化物ナノ粒子とワイドギャップ酸化物からなる水の酸化光触媒

 これまでに紹介した水分解光触媒系は、半導体本体のバンドギャップ励起、あるいは色素分子の光励起・電子注入を介して反応が進行するという点で、メカニズムの観点からは従来研究の域を脱しません。私達は、ワイドギャップのTiO2粉末に対して、水の酸化の助触媒として有効なコバルト化合物(Co(OH)2など)を担持するだけで、850 nmまでの長波長光に応答して水を触媒的に酸化できる新たな光触媒を開発しました。さらに、透明導電性ガラス上に積層したTiO2薄膜にCo(OH)2を析出させたものを電極として用いると、可視光照射下で水を分解する新たな光電極となることも見出しました(図15)。TiO2やCo(OH)2単独では同様の機能は得られず、両者を組み合わせることで生まれる可視光吸収能が機能発現の起源となっていることが明らかとなりました。
 この結果は、TiO2やCo(OH)2といったありふれた物質同士の単純な組み合わせだけで、太陽光エネルギーを化学エネルギーへ変換する革新的機能材料が創出できることを示唆しています。

図15. 酸化チタンと水酸化コバルトからなる複合材料を用いた可視光照射下での光電気化学的水分解

■ 有機高分子半導体カーボンナイトライドを光触媒とした二酸化炭素還元

 これまでに知られていた半導体光触媒は、いずれも金属を含む無機化合物に限定されていました。2009年に私達は、有機高分子半導体であるカーボンナイトライド(C3N4)が、従来の無機半導体光触媒と同様な光触媒機能をもち、水を酸化還元できる安定な光触媒となることを発表しました。C3N4は空気中で安定な粉末として取り扱える一方で、高分子としての素地をも併せ持つことから、そのバンド構造やそれに起因する光吸収特性は分子レベルでチューニングすることができます(図16)。
 私達はC3N4とある種の金属錯体を組み合わせたハイブリッド型二酸化炭素光還元システムを開発しました。本系では、可視光を吸収して励起状態になったC3N4から金属錯体への電子注入が起こり、二酸化炭素を還元することで反応が進行します。そのみかけの量子収率は従来知られていた無機半導体からなる系を凌駕し、耐久性を示すターンオーバー数は1000を超え、無機半導体からなる従来系の10倍以上に及びます。さらには、それ自体が優れた二酸化炭素還元光触媒となるRu(II)二核錯体と組み合わせると、二光子励起で駆動する高耐久性光触媒システムとなることも見出しました(図17)。

図16. Ru(II)錯体とカーボンナイトライドを融合した可視光駆動二酸化炭素還元光触媒

図17. Ru(II)二錯体とカーボンナイトライドからなる人工Zスキーム

 私達の研究成果は、国際的に認知された学術論文誌への掲載などを通じて、世界的に高く評価されています。

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