研究内容

単一分子の化学

分子はバラエティに富んだ化学的性質と機能をもっています。この多様性に富む分子1個を金属電極間に挟むと、分子のもつ機能に加え、分子と金属の相互作用によりさらに多様な性質・機能を単分子はもつようになります。例えば、普通は絶縁体である分子が金属と同じように電気を流したり、金属表面でも進行しない触媒反応が電極間に架橋した単分子では進行したり、常磁性の分子が強磁性を示すことなどがこれまで明らかにされてきました。これら電極間に架橋した単分子の優れた機能を自由に利用することが出来れば、高効率のエネルギー変換素子、単分子で動作する超小型コンピュータなどを実現することが出来ます。また単分子を検出できることを最大限に生かすと、高感度のセンサ利用も可能です。そして、光合成、太陽電池で重要なプロセスである光電変換など複雑な現象を、単分子レベルで解明することも単分子計測技術を適用することで可能となります。
以上のような興味から、私達は、単分子を利用した、高効率エネルギー変換、低消費電力を実現する単分子素子、高感度バイオセンサ、そして、単分子を見る手法の開拓などの研究を展開しています。最終的には、単分子を利用した新たな化学分野を創発したいと考えています。

金属電極に架橋した単一分子の概念図
金属電極に架橋した単一分子の概念図  (PCCPの表紙絵より)

エネルギー変換の単分子計測

太陽電池は再生可能エネルギー技術として重要なものです。私たちは、エネルギー変換効率の向上のために、単分子計測の技術を活かして、その基礎過程の解明に挑戦しています。光励起に伴う電荷分離が太陽電池の発電におけるもっとも重要な過程であり、これを単分子レベルで捉えるための計測法を開発しています。実際の太陽電池では構成要素や界面構造など多くの要因が相互に複雑に関連しているため電圧発生の機構を分子レベルで理解することは困難です。そこで、電荷分離などの素過程を最も単純な単分子レベルで計測することによって、発電に至る基礎過程を分子尺度で解明できます。さらに、光だけでなく、熱エネルギーを電力に変換する熱電変換についても単分子レベルで計測し、明らかにしています。

単分子計測に基づくエネルギー変換の基礎過程の解明
単分子計測に基づくエネルギー変換の基礎過程の解明

単分子を用いたデバイス開発

単分子に素子機能を賦与することができれば、究極サイズの微小低消費電力素子をつくりだすことができます。素子の微細化は高集積化につながり、コンピュータの性能を飛躍的に向上させることが出来ます。私たちは単分子素子の実現にむけ、単分子スイッチ、ダイオードの開発に成功してきました。特に単分子ダイオード開発では、かご分子にドナー性とアクセプター性の分子を積層させることで整流特性を発現させました。積層させる分子を変えることで機能を自由にデザインできます。また、分子を電流計測プローブとして用いることによっても整流特性を計測することに成功しています。

単分子スイッチおよび機能を自由にデザインできる単分子素子の開発
単分子スイッチおよび機能を自由にデザインできる単分子素子の開発

単分子を検出できるバイオセンサの開発

私たちは、分子認識化学を単分子接合に応用し、わずか1つの生体分子を選択的に直接はかる手法を開発しています。例えば、DNAの単分子検出法を開発しました。金属電極にあらかじめDNAを固定しておくと、それに相補的なDNAが存在するときにのみ単分子-単分子接合が形成され電子伝導が生じるため単分子検出が達成されます。その電子伝導度はDNAの組成に極めて敏感であるため、がんや老化の一因となるDNAの変異や損傷も検出することができます。この技術を利用すればDNA単分子で遺伝子検査が実現できる可能性もあります。DNA以外にも様々な生体分子や生体シグナルの単分子検出法を開発しています。

変異DNAの単分子検出
変異DNAの単分子検出

単分子分光法の開発

単分子素子の動作機構を解明するには、その構造を原子レベルで知る必要があります。しかし、通常の光学顕微鏡では、たった一個の分子を見ることはできません。でも、単分子の化学を進展させるには、絶対に単分子を見る必要があります。そこで、私たちは電極間に架橋した単分子を見る新しい分光法の開拓も行っています。開発した分光法の一つに単分子のラマン分光法があります。単分子接合では単分子が金属ナノギャップに捕捉されており、光増強場を利用するには最適な構造となっています。私達はこの光増強場を利用することで、たった一つの分子からのラマン信号(SERS)を検出することに成功しました。図は、分子の振動モードをイメージングした結果です。電子顕微鏡像と比較すると、確かにギャップで信号が増強されていることが分かります。得られたラマンスペクトルを解析することで、分子と金属の結合様式、そして分子が電極の間を揺らいでいる様子などを世界で初めて観測することに成功しています。

単分子の表面増強ラマン散乱スペクトル
単分子の表面増強ラマン散乱スペクトル

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