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分子内の電子運動の可視化

物質の有り様とその変化を支配しているのは、原子・分子およびその集合体の構造と電子の振る舞いです。分子の性質や反応性を決める電子は、秒速数千キロメートルの速さで分子内を縦横無尽に動いています。このように激しく運動する電子の様子を直接的に捉えること、その上で、化学反応を支配する電子の運動の変化を実時間追跡し物質変化の指導原理を明らかにすることを、私たちは目指しています。

分子内の電子の運動量分布(速度分布)を測るために、私たちは電子ビームを活用します。高速の電子(入射電子)を分子に衝突させ、イオン化により飛び出した電子と、エネルギーを一部失った入射電子双方のエネルギーと運動量を測定します。ある実験条件下でこの衝突過程は入射電子と分子内のひとつの電子との二体衝突として記述できるため、標的電子のイオン化エネルギーと衝突前の運動量を、衝突前後の保存則から決定することができます。イオン化エネルギーから分子軌道を特定できるため、この手法は分子軌道ごとの電子の運動量分布を実験的に与えます。すなわち、教科書やコンピューター上で概念的に示される分子軌道のかたちを、運動量空間で実験的に可視化することができます。

私たちはこのユニークな手法に極短パルスレーザーを組み合わせ、回転周期ほどの短い時間しか存在しない活性な電子励起状態に対し、その反応性をつかさどる電子の運動量分布を実測することに世界で初めて成功しました。一瞬しか存在しない分子のしかもその反応性をつかさどる分子軌道のかたちをスナップショット観測できたことは、それらを連続的につなぎ合わせて「化学反応の分子軌道ムービー」の撮影を実現するための重要な一歩です。こうした挑戦によって、化学反応機構を説明する電子の動きを、もっとも本質的なレベルで解明することを私たちは目指します。

アセトンの重水素置換体に深紫外光(195 nm)を照射すると、HOMOの電子運動量分布が大きく変化する。こうした電子運動量分布の変化を連続的に観測する事で、光化学反応の「分子軌道ムービー」の撮影が運動量空間において可能になると期待される。

 

■References

  1. M. Yamazaki, Y. Tang, and M. Takahashi, “Ionization propensity and electron momentum distribution of the toluene S1 excited state studied by time-resolved binary (e,2e) spectroscopy”
    Phys. Rev. A 94, 052509 (2016).
  2. M. Yamazaki, K. Oishi, H. Nakazawa, C.-Y. Zhu, and M. Takahashi, “Molecular orbital imaging of the acetone S2 excited state using time-resolved (e,2e) electron momentum spectroscopy”
    Phys. Rev. Lett. 114, 103005 (2015).
    Research Highlits in Nature 519, 392 (2015).
    Focus in Physics 8, 23 (2015).
  3. M. Yamazaki, Y. Kasai, K. Oishi, H. Nakazawa, and M. Takahashi, “Development of an (e,2e) electron momentum spectroscopy apparatus using an ultrashort pulsed electron gun”
    Rev. Sci. Instrum. 84, 063105 (2013).