岡田・火原研究室│東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻

研究内容

X線吸収微細構造による界面計測


 気液界面(溶液表面)や液液界面は、上下を種類や状態が大きく異なる液体や気体で挟まれた『面』であり、媒体の性質が劇的に変化している二次元空間です。ですから化学では界面は古くからさまざまな反応場として利用されてきました。溶媒抽出やクロマトグラフィーなどがその典型的な例の一つです。界面活性剤を利用することも界面の応用です。液液界面や気液界面はすでに多くの利用例がありながら、界面で起きている反応機構を捉えることは界面という場の特異性からなかなか困難でした。近年、固体も含めた表面に関する分析手法が提案されるようになった。STM、AFM、SHG(second harmonic generation)、SFG(sum frequency generation)、SXS(surface X-ray scattering)、表面IRなどがその実例である。ここで紹介するXAFS法(X-ray absorption fine structure; X線吸収微細構造)を応用した全反射XAFS法(TR-XAFS)は、試料に照射したX線の吸収量を見積もることができれば、XAFSスペクトルを得ることができるという、XAFS法の大きなメリットを生かした方法です。

全反射全電子収量XAFS法


 照射したX線を試料がどの程度吸収したか、を見積もることができればXAFSスペクトルを得ることができます。 もっとも一般的は透過法と呼ばれる方法で、試料に対する照射前後のX線強度を測定することで求めることができます。 他のXAFS測定法としては電子収量法や蛍光法などがあります。本研究では、X線を透過させるのではなく、水溶液表面で全反射させることで、 水溶液表面近傍に存在するイオンのXAFS測定を行っています。(TR-XAFS)
全反射全電子収量法概念
X線を全反射する臨界角はX線のエネルギーと物質の電子密度に依存します。例えば、X線のエネルギーが13.5keVで水溶液表面での臨界角はだいたい2mradです。 臨界角以下で照射されたX線はほとんどが全反射していきますが、わずかに水溶液中に浸透するX線があります。これはエバネッセント波と呼ばれています。 エバネッセント波は―やはりこれもエネルギーや電子密度(原子種)などに依存しますが―全反射面からおよそ100Å程度浸入します。このエバネッセント波を 水溶液中に存在する吸収原子が吸収し、K端の電子を光電子として放出します。同時にオージェ電子も大量に放出します。これらの電子はエバネッセント波の吸収量に 依存しますので電子数を電極に捕らえて測定すれば、XAFSスペクトルを得ることができます。水溶液上方をヘリウム置換しておくと、高い運動エネルギーを持つ オージェ電子はヘリウムを次々とイオン化していくので電子が増倍し、高感度測定をすることができます(〜1000倍)。
実際に測定に使った装置を示します。
全反射全電子収量XAFS測定装置 KEK-PF BL-7Cでの装置写真

セル内にヘリウムを満たすと、信号の増倍効果だけではなく、チャージアップの抑制、セル内を高真空にする必要がない(水溶液に対応できる)など多くのメリットがあります。
上左図のように、試料である水溶液を入れたトラフにPTFEバリアを置き、このバリアを動かすことで水溶液の表面積を制御することができます。水溶液上に界面活性剤を展開すれば、表面膜の膜圧や膜の電荷密度を制御することができ、溶存イオンが表面膜の状態にどのように依存して吸着するのかそくていできるようになります。実際に測定した結果の一例を示します。
TR-XAFS法によるXAFSスペクトル
上図の測定セルを用いて高エネルギー加速器研究機構放射光研究施設BL-7Cにて測定しました。水溶液として10mM KBr水溶液、界面活性剤として臭化ジメチルジヘキサデシルアンモニウム(diC16ABr)を用いています。このXAFSスペクトルはdiC16ABrの表面での占有面積Aが115Å2で測定しています。併せて界面活性剤のない結果も示します。
界面活性剤であるdiC16ABrの有無によってXAFSスペクトルの信号強度は明らかに異なります。これはdiC16ABrによって臭化物イオンが表面に濃縮されるためであり、TR-XAFS法の表面感度の高さを示しています。