研究内容

化学は歴史の長い学問で、既に人類の活動に多大な貢献をしています。 しかし、化学物質の多様性は無限であり、科学技術が発展した現代でも未知の現象やそれを引き起こす物質の発見がまだまだ期待されます。 我々は、未知の新しい化学現象を発見することに興味をもっており、特に、化学物質が光と相互作用して起こる現象を研究対象としています 。このような目標のもと、(1)新しい原理に基づく測定法の開発、(2)新規な現象を起こす新物質の開発、の2つの柱で研究を行っています。 具体的には、

1.光励起による電子や核スピンの磁化発生

~現象解明から活性酸素研究への応用まで~
 分子を光励起すると、電子波動関数のダイナミックな緩和が起こり、電子や原子核のスピン運動に影響して大きなスピン角運動量の分極(DEP)が発生する場合があります。 この現象の活用は、光励起分子の関わる多くの化学系の研究に有用です。この現象は化学物質の個性でその様相が大きくかわり、化学物質の多様性が面白い結果を与えます。 我々は、このDEP発生現象解明のためにレーザーとパルスEPRを併用したスピンの高速応答現象測定装置を組み立て、測定と解析を行っています。 この現象が、将来の医療MRIなどで光を利用した感度向上に貢献することを夢みています。
 またこの現象を応用した例としては、液体中における新規な活性酸素観測法が挙げられます。 一重項酸素は、酸素が電子励起された活性酸素で、生体内から大気中まで様々な環境で酸化反応に関わる分子です。 一重項酸素の化学を理解する上では、そのエネルギー緩和過程の解明が重要です。しかし、一重項酸素は観測が難しく、実験的情報は必ずしも十分ではありません。 我々は、一重項酸素を観測する独自の計測法として、ラジカルを分子プローブとして用いる方法を開発しました。 一重項酸素はラジカルとの衝突でラジカルに大きな磁化を発生させます。これを時間分解でEPR観測し、一重項酸素の寿命測定に応用しています。 このような独自の方法で得た情報をもとに、一重項酸素の緩和過程について研究しています。

2.イオン液体の物理化学

~ユニークな物性の解明から光応答性液体の開発まで~
 イオン液体は、20世紀末から急速に研究が進展した新しい液体で、室温で液体である有機物塩です。不揮発性、難燃性、電気伝導性など、分子性溶媒には あまり見られないユニークな物性を持つことから注目されています。我々は、イオン液体中における光励起分子の緩和過程や化学反応を支配する重要な因子を理解する ことを目指し、分光学的研究を進めています。また、イオン液体をベースにした新物質の開発として、フォトクロミズムを示す液体の開発も行っています。  (1)イオン液体中の分子拡散とエネルギー緩和過程 イオン液体は、極性ドメインと無極性ドメインが分布する不均一な構造をもつと考えられており、その中での分子の拡散やエネルギー緩和過程は、 分子性溶媒中とは異なる場合が多々あります。我々は、様々な分光法を用いてこの課題を研究しています。例えば、 過渡吸収分光による電子移動やエネルギー移動反応の速度定数決定、EPR法による分子回転速度の測定、メチレンブルーなど の色素や一重項酸素の発光寿命や発光スペクトル測定による溶媒和の評価、などを通し、この問題に取り組んでいます。イオン液体は、 粘度が高く分子拡散は遅いと思われがちですが、分子の回転や並進拡散はその粘度から推測されるほどは遅くないことが示されています。  (2)イオン液体中のイオン間相互作用 液体中では水素結合やファンデルワールス力などが働きますが、イオン液体中ではイオン間のクーロン力や電荷移動相互作用も働きます。 我々は、イオン液体研究であまり取り扱われていない電荷移動に注目し、電子ドナー性の高い負イオンのイオン液体中で電荷移動吸収バンドの計測と、 その解析に基づいた電荷移動相互作用の大きさの評価を行いました。負イオンの電子ドナー性が高い場合は電荷移動の力がイオン間に強く働くことを示し、 その液体物性への影響を議論しています。また、固体とイオン液体の界面近傍領域がバルク層とどのように異なるかに興味をもち、 エバネッセント光吸収分光法による研究を進めています。  (3)光に応答するフォトクロミックイオン液体 イオン液体構成イオンに、光に応答する色素のよう機能を導入すると、液体自体がフォトクロミズムを示す可能性があります。 我々は、フェニルアゾ基をもったイオン液体を合成し、これが光異性化によるフォトクロミズムを示すことを分光学の手法で示しました。 このような新しい液体は、光による液体物性の制御という、これまで無かった新しい概念を産み出し、今後の波及を広く検討しています。

3.活性酸素のレーザー分光研究

酸素は、電子励起状態が可視から近赤外の低エネルギー領域に存在する珍しい気体分子で、 太陽光などの降り注ぐ我々の生活環境で励起分子の緩和に深く関わります。我々は、酸素の励起状態、すなわち活性酸素の性質に興味を持ち、 その緩和過程を研究しています。上述1.でのユニークな計測法も関連研究ですが、ここでは気相中での観測や緩和過程解明について述べています。 実験では、酸素自体や酸素2分子の衝突錯体、酸素と希ガスの錯体などの吸収スペクトルを測定します。レーザーを光源とし、 微弱なりん光を検出したりキャビティーリングダウン吸収分光法で吸光度を測定することで、励起スペクトルや緩和速度などを得ています。 このような情報に基づき、光吸収過程やその後の緩和過程、特にりん光の発光メカニズムについて議論します。