東京工業大学 理工学研究科 化学専攻 榎・木口研究室
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物質を小さくしたり,分子や原子を並べて新しい機能をひき出す

物質を薄膜、ワイヤー,微粒子と次元性を下げて微細化していくと,もとの物質では想像も出来ないような新しい性質を示すようになります。また,人工的に原子・分子や小さな結晶のかけらを組み合わせて様々な並び方の集合体を作ると,分子・原子がお互いに協力し合い新しい性質を示すことがあります。最近,新聞の科学欄をにぎわす "ナノテクノロジー"といわれる未来技術においても,『ナノメートル(1 nm=10-9 m)サイズに微小化』,原子・分子の『新しい組み合わせと並び方』によって生まれる物質の新しい性質が重要になっています。私たちの研究室では単分子,単分子膜から分子集合体まで,新しい物質のもつ興味深い性質を,さまざまな物理的・化学的手法を使って調べています。

新たな炭素物質を探求する

炭素の同素体は非常にバラエティに富んでいます。例えば,ダイヤモンドは非常に固い絶縁体であるのに,黒鉛は柔らかい電気を流す伝導体です。これは炭素同士の結合では単結合,二重結合,三重結合と様々な結合様式を取りうることに由来します。最近,ナノテクノロジーの中心的物質として注目されているC60やカーボンナノチューブ,また,グラファイトの一枚の板(グラフェン)といった物質もこうした炭素の同素体です。私たちは,さらに新しいナノ炭素物質を探るためナノメートルサイズのグラフェン(ナノグラフェン)の作製とその電子的・磁気的性質の解明に挑戦しています。グラフェンは微小化による量子力学的な効果や幾何学構造の効果により,これまで知られている他の物質とも全く異なる性質を持つことが期待されます。また,ナノグラフェンは,ナフタレン,アントラセンのような縮合多環系炭化水素をナノサイズにまで大きくしたものと捉えることもできることから,ナノグラフェンを構造有機化学の考え方でアプローチすることも,化学と物理の境界の未知の世界を切り開く挑戦となります。 私たちは,また,炭素の様々な結合様式を組み合わせることによりダイヤモンドと黒鉛の中間的性質を持つ炭素物質を作ることも,さらに,ナノグラフェンをベースとしたナノ空間物質をホストとして気体分子やアルカリ金属を導入することによりゲスト物質の異常凝集や今までにない新しい磁気的な性質を作り上げたり,単一のナノ粒子やバルク物質では見られない,新規の電子・磁性現象の発現を目指しています。

大きさ10 nmの一枚のナノグラフェンシート(左)とその格子像(中央) トンネル顕微鏡観察,ナノグラフェンのモデル図(右)

   

規則的炭素ナノ空間に配列されたアルカリ金属クラスタ

単一分子の電気伝導度を決める

分子はバラエティに富んだ電気,磁気,光学特性を示します。この多様性に富む分子1個取り出して,金属電極間にトラップし単分子接合とすると,もともとの性質に加え量子化現象などバルク物質にはない性質を示すことが期待されています。また単分子接合は究極サイズの電子デバイスとして応用面からも注目を集めています。私たちは水素分子から機能性分子まで様々な分子を用いて単分子接合を作製し,単分子の伝導度計測を行っています。私たちは、また、金属電極間に架橋された1分子を見ることを目指し,単分子接合の振動分光法の開拓も行っています。さらに,単分子接合に光などの外部刺激を与えて単分子接合の物性を制御することにも挑戦しています。最終的には,単分子接合に特徴的な物性の発現を目指したいと考えています。

金属電極に架橋した単一分子の概念図(左) Pt電極に架橋したベンゼン単一分子の振動スペクトル(右) 

ナノ構造を原子レベルで観る・測る

量子力学的な電子のトンネル現象や化学的相互作用など,原子数個程度の距離で起こる現象を"目"として利用する走査プローブ顕微鏡(SPM)により,個々の分子や原子の並び方やその性質を直接観察・測定することができるようになってきています。ナノグラフェンやグラフェンの端構造,グラフェンと酸素等との反応により生じたナノ構造の原子レベルでの観察やその電子的性質の解明を,トンネル顕微鏡や原子間力顕微鏡を用いて行ったり,試料を極低温条件下,強磁場下で観測し,詳細な挙動や性質・機能に迫っています。

極低温高磁場走査プローブ顕微鏡装置(左)

トンネル顕微鏡でみたグラフェンのジグザグ型の端での電子の閉じ込め(右)

分子を並べて新物質を創ろう

普通の有機分子は電気を流さないし,磁場にもほとんど反応を示しません。これは分子中の電子が二つずつ対を作っているためです。ところが分子設計や合成技術の進歩により,現在私たちは対を作らない電子を持つ分子や,電子を一個ずつ可逆的に授受できる分子を手にすることができます。このような分子を設計し上手に並べてやると,金属のように電気をよく流す物質や磁性を示す物質を創り出せます。私たちは特に二つ以上の機能,たとえば電導性と磁性とを組み合わせることで新たな機能を持つ物質を探索し,それらが生み出す多彩な現象を物理的な手法を駆使して理解することを目指しています。 
分子磁性伝導体の構造。平面有機分子のカラムを流れる伝導電子を仲立ちとして,四面体金属錯体上の局在スピンが整列する(左) Pdナノ粒子に入った1つのCo原子がつくるナノ粒子磁性体(右)